アート系トーク番組 art air の日記

アート・美術・幼児造形などについて

椿昇 GOLD/WHITE/BLACK展 IN 京都国立近代美術館

京都国立近代美術館で開催されている

椿昇 GOLD/WHITE/BLACK展に行ってきました。

第一回横浜トリエンナーレでビルディングサイズの

巨大なバッタのバルーンを展示したことで

知っている方もいるのではないでしょうか?

椿昇さんの発言は、いつもアグレッシブでするどく、

ぜひ本物の作品を見てみたいと

意気込んで見にいった展覧会でした。




今回もバルーン・アートは健在で

出迎えてくれる巨大なチューブは圧巻です。

しかし、写真や絵画、ビデオその他の作品は

椿さんのコンセプトを示すために用意されたもので

作品自身のもつ力(アウラ)みたいなのは

あまり感じられませんでした。

作品点数も多くはなかったので

鑑賞に3時間ぐらいを予定していた

私はちょっと残念でした。





椿さんは非常にシリアスで危険なテーマを

とりあつかっています。

普通なら避けて通りたいような

もしくは、見てみぬふりをするような問題。

そのようなテーマを取り扱うとき

そのアーティストの性質みたいなものが

にじみでてくると思います。




椿さんは、そのような問題に

真っ向から向き合う姿勢を示しています。

かっこいいですね。

ただ今回の展示で残念に思えたのは

表現の段階になると椿さん独自の超一流の

ブラックユーモアに置き換えてコンセプトを見せるため、

人によっては理解できなかったり、

不謹慎さや嫌悪をあらわす人も

いるのではと心配しました。

余計な心配だと思いますが・・・



本人に会って話をすれば、

もちろん、そんなことはないと

すぐに分かると思います。




このブラックユーモアもしくはアイロニー

欧米独特のアートの表現手法です。


アイロニー・・・本当の考えや意図と違う、

多くの場合は違うだけでなく反対の、考え、評価を、

その形式的な過剰さなど、

何らかの形でそれが真意ではないことを

ほのめかす所作、サイン、文脈とともに口にし、あるいは表現することで、

却って表現されたものと異なる評価や考えを表現すること)





 



この展覧会を通して、

企画者である京都国立近代美術館

『この展覧会は私たちに、「美術は社会を変えていく

力を持ち得るのかもしれない」

という希望を与えてくれるでしょう』

と紹介しています。

しかし日本の場合は見慣れないアイロニーよりも

ストレートに表現するほうが

美術は社会を変えていく

力を持ちうるのになと思いました。





以下は京都国立近代美術館椿昇さんの紹介文の引用です



椿昇は京都に拠点を置き、1980年代初頭から現在まで

美術と社会との関係を問い直す衝撃的な作品を発表し、

日本の現代美術を代表する一人として世界的な注目を

集めている作家です。


スタンレー・キューブリックの映画

博士の異常な愛情&あるいは私は如何にして

心配することを止め水爆を愛するようになったか』(1964年)への

オマージュである雲を描いた美しい絵画で始まるこの展覧会は、

世界各地の鉱山跡地を取材した写真、

異文化における犠牲祭の記録映像、

パレスチナを封じ込める壁を解体し

オフィスとして再利用する提案へと続きます。

椿が提案するのは、過激なほど率直な対話を通じてしか、

他者や異文化を理解することはできないこと、

そしてこの過激な対話なしには、

私たちの明日の平和は築き得ないというメッセージです。

この展覧会は私たちに、

「美術は社会を変えていく力を持ち得るのかもしれない」

という希望を与えてくれるでしょう。